治療を導入するにあたって下記のような説明・心理教育を患者様・ご家族に行います。
①「うつ病」という診断を伝え、現在の状態は病気によって引き起こされたものであり、自分の怠けや性格の弱さによるものではなく自分を責める必要はないことを説明します。
②患者様が納得しやすいモデルやたとえを用いてうつ病とはなにかについて説明し、どのように治療を行うかを伝えます。たとえば「うつ病はダムの水が枯れてエネルギーが出ない状態に似ています。これ以上エネルギーを使わないで休養し、薬を使って水がたまるようにすると元気になりますよ」といった説明が有効かもしれません。
③療養中は大きな決断を避け、重要な事柄(婚姻関係、転退職、財産の扱いなど)については判断を先延ばしにするよう助言します。
④自殺に対する考えの有無について確認し、自殺に至る行為は絶対にしないように約束してもらいます。
⑤患者様の周囲のご家族・関係者にも治療に協力してもらうように努めます。とくにうつ病の急性期では「はげまし」や「気晴らしへの誘い」が逆効果となることを理解してもらいます。
うつ病の治療は病期により急性期治療、継続・維持療法に分けられます。
a)急性期治療
急性期治療には休養と服薬が重要です。患者様が十分な休養をとれるよう環境を調整(休日の確保や家事負担の軽減、場合によっては休職など)する必要があります。回復にはおおむね数か月を要し、回復するまでに症状がよくなったり悪くなったりを繰り返すことがあるというおおまかな見通しを伝え、一時的に悪化したとしてもあせらず治療を継続するよう促します。
b)継続・維持療法
症状が改善し寛解状態に移行しても、早期に抗うつ薬を減量・中止することは再燃の危険性を高めます。このため、副作用の問題がなければ寛解後も4~9か月、あるいはそれ以上、急性期と同用量で維持することが勧められています。うつ病では病相を繰り返すごとに再発率が上昇するといわれているため、反復例では回復後も2年以上薬物療法を継続することが勧められています。
またこの時期は学業や仕事、家庭における役割への復帰が検討される時期でもありますが、復帰に際しては患者様ご本人には無理をしないように伝え、少しずつ負荷を増やすような配慮(短時間勤務からの復帰など)が必要です。
自殺の危険性が切迫した状態(自殺をしないという約束ができない、自殺企図があったなど)は入院治療の絶対適応です。また、水分や食事が摂取できないような状態にある場合も入院治療が必要です。
服薬アドヒアランスが不良である場合、十分な休養がとれない場合なども状況に応じて入院治療を選択します。
薬物療法の原則として、①抗うつ薬は少量から開始し漸増する、②なるべく速やかに増量する、③最終的には十分量を投与する、④効果発現には時間がかかる(2~4週間程度)ので十分期間効果判定を待つことがあげられます。上記を患者様にも十分説明し理解を得ておく必要があります。
第1選択薬となるのはSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬:パロキセチン、フルボキサミン、セルトラリン、エスシタロプラム)またはSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬:ミルナシプラン、デュロキセチン)による単剤治療です。従来型の抗うつ薬よりも副作用は少ないですが、投与開始直後に嘔気が出現することがあります。しかしこれは1週間程度でおさまることが多いです。まれではありますが投与初期に焦燥感や衝動性が高まることがあり、自殺行動との関連が疑われているため注意を要します。とくに24歳以下の若年者に対するこれら薬剤の使用は慎重に行われるべきであります。NaSSA(ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬:ミルタザピン)も第1選択薬となりうる薬剤で、SSRIやSNRIに比べて効果発現が早く、嘔気などの副作用が少ないですが、眠気や体重増加などの副作用がみられることがあります。
第1選択薬が無効である場合、薬剤を切り替える必要があります。この際にも、第1選択薬として使用していないほかのSSRI、SNRI、NaSSAから薬剤を選択することが一般的でありますが、三環系抗うつ薬が使われることもあります。それでも効果が得られない場合は抗うつ薬に他種の薬剤を添加する増強療法が行われます。増強療法には炭酸リチウムや非定型抗精神病薬が使われることが多いです。
妄想など精神病症状を伴ううつ病に対しては抗うつ薬と非定型抗精神病薬による併用療法を行います。
抗不安薬や睡眠薬の併用は、必要最小型を短期間使用するのにとどめ、抗不安薬のみでの治療や多剤併用、漫然とした長期投与は厳に慎むべきです。
多くは薬物療法と併用されますが、体系化された精神療法が軽症うつ病に対して、あるいは維持・継続療法における再発予防に有効であるといわれています。わが国では認知療法・認知行動療法が主な選択枝となりえますが、事前に十分な訓練を行う必要があります。
電気けいれん療法は精神病症状を伴ううつ病に有効であり、薬物療法に反応が乏しい例、迅速な改善を必要とする例、薬物療法が実施できない例などでも実施されます。現在は全身麻酔下で筋弛緩薬を使用して無けいれんで行う修正型電気けいれん療法が一般的です。副作用としては実施後の頭痛や健忘、せん妄などがあげられますが、いずれも一過性であることが多いです。
うつ病は一定期間症状が持続する病相を形成することが特徴的であり、1回の病相は通常数か月程度ですが、長いものでは1年以上に及ぶ場合もあります。病相は通常、ほぼ病前と同様の状態まで改善し寛解状態となります。寛解が4~9か月続くと回復ということになりますが、寛解状態あるいは回復後に再発・再燃がみられることも多く、その割合は50%以上であるともいわれています。うつ病相が2回以上出現したものは反復性うつ病と呼ばれます。前述のように寛解に至れば社会的機能障害を残すことがなく予後は良好であるといえますが、約10%の患者様は自殺に至ります。