気分変調症は、1980年にDSM-Ⅲで初めて登場した比較的新しい診断カテゴリーです。病態を要約すると、「大うつ病の診断基準を満たさない程度の軽症の抑うつ気分がほとんど1日中存在する状態が少なくとも2年間(小児や青年では1年間)持続する気分障害の亜型」です。気分変調症と同様の病態は、1970年代まで用いられていたDSM-11までは「抑うつ神経症」として神経症圏に分類されていました。ところが、1978年に、“抑うつ神経症100例を4年間にわたって追跡したところ40%の症例が後には単極性うつ病あるいは双極性障害の経過を示しており24%の症例は最終的に「性格因性うつ病」と診断された”とする報告がアキスカルらによってなされたことをきっかけに、それまで神経症圏に分類されていた病態の多くを気分障害のカテゴリーに組み入れる必要性が議論されるようになりました。その結果、DSM-Ⅲでは、SM-Ⅱで神経症圏に分類されていた抑うつ神経症の代わりに、気分障害の亜型に分類される気分変調症が記載されることになったのです。
ドイツの精神医学者ヴァイトブレヒトが1952年に提唱した「内因・反応性気分変調症」は今日の「気分変調症」概念に類似しています。これは、無力的で易疲労性に傾き、傷つきやすく、わずかなことで抑うつ反応を起こしやすい病前性格の人が重篤な身体的消耗状態や長期にわたる深刻な精神的負荷状態に置かれると発病するうつ病の一亜型で、気分変調と心気症的色彩の強い自律神経失調症状を主微とし、双極性の経過をとらないとされました。
DSMにおける気分変調症とヴァイトブレヒトの内因・反応性気分変調症という2つの概念は、ともにうつ病の中核群から区別される辺縁型を想定しており、症候学的にも共通する部分が多いです。
わが国で1995年に行われた地域調査によると、気分変調症の生涯有病率は、男性1.1%、女性1.7%、全体で1.4%でした。同報告による大うつ病エピソードの生涯有病率は15%であるため、気分変調症の発症頻度は大うつ病エピソードのおよそ1/10であるといえます。
DSM-5では、本症は、persistent depressive disorderに該当します。DSMにおける気分変調症の登場とその診断基準の改訂に大きな影響を与えてきたアキスカルによる中核的特徴は、①長期間にわたって存在する動揺性または絶え間ない閾値以下の抑うつ状態、②悲観的で喜びに乏しい気質、③過去についての思い煩いと贖罪の意識への囚われやすさ、④やる気の乏しさと無気力、⑤低い自尊心と失敗するという先入観、⑥生まれつき不幸であるという思い、の6つです。DSMは病院論を排除する立場にあるが、アキスカルが重要性を強調する性格特徴にも目を向けることで診断はより確かなものとなるでしょう。
精神療法の有効性は乏しく、薬物療法に劣ることが示されています。抗うつ薬の有効性に関するエビデンスは確立されています。また、いくつかの新規抗精神病薬(SGA)は、単独あるいは抗うつ薬に対する付加療法での有効性が示されています。わが国では、いずれの薬剤も「気分変調症」の病船に対する保険適用が取得されておらず、「抑うつ状態」などの状態像に対して使用されているという現状です。
現在わが国で使用可能な薬剤のなかで、単剤使用での有効性が示されている薬剤は、三環系抗うつ薬(TCA)、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、クエチアピンです。アリピプラゾールは抗うつ薬に対する付加療法で有効性が示されています。TCAのなかでは、イミプラミンの有効性が早くから示されていました。SSRIのなかで、プラセボあるいはイミプラミンに勝る有効性が示されている薬剤は、セルトラリンとエスシタロプラムです。しかし、TCAにおいては受容性が、SSRIにおいては脱感作による薬効の低下が、それぞれ問題点として示されています。SGAに関しては、鎮静、錐体外路症状、体重増加などが問題となります。
残念なことに、最も有効性が期待されるモノアミン酸化酵素阻害薬(MAOIs)の一種であるモクロベミドをはじめとして、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)の一種であるベンラファキシン、SGAの一種であるアミスルピリドなど、気分変調症に対する有効性が報告されている薬剤のいくつかは、いまだわが国で使用可能な状況にないです。これらの薬物のわが国における開発の進展が望まれるところです。
抑うつ症状は動揺性で遷延性の経過をとり、46%に不安障害の、39%に大うつ病性障害の、30%に薬物乱用の、34%になんらかのパーソナリティ障害の併存が認められます。気分変調症の抑うつ症状は、これらの特徴のため社会機能に著しい障害を及ぼします。
さまざまな形をとる経過のなかで、とくに注意すべき病態は大うつ病性障害を併発したものです。これは、重複うつ病と呼ばれ、高い再発率と治療反応性の乏しさで知られています。重複うつ病への移行率がおよそ40%であることは、気分変調症患者の半数近くが治療反応不良な大うつ病エピソードの反復を経験することを意味しています。