A1.「気分が沈む」「気分が重い「ゆううつだ」などと訴えられる症状を、精神医学では抑うつ気分と呼んでいます。「何をするのにも元気がない」というのは意欲低下と呼ばれます。精神科医は、患者様の状態からどのような症状があるかをみて、現在どのような状態(これを状態像といいます)であると考えるのがよいかを評価します。「気分が沈んで、何をするのにも元気がない状態」は、うつ状態といわれます。
まず、うつ状態の原因となる病気にはどのようなものがあるかを検討します。何かショックなことがあった時、多くの人はうつ状態を経験しますが、精神医学ではこれを最初に考えません。大きな病気を見落とさないように、うつ状態を起こす病気を一定の順番で考えていきます。
最初は脳を含む体の病気です。脳腫瘍のような脳の病気や、甲状腺機能低下症のような体の病気でもうつ状態になることがあります。体の病気の治療のためにのんでいる薬がうつ状態の原因となることもあり、インターフェロンや副腎皮質ステロイドが有名です。このようにうつ状態の原因が体にある場合を、外因性精神障害と呼んでいますが、身体因性と言い換えてもよいでしょう。
次に、統合失調症のためにうつ状態が起こっている可能性を考えます。他に統合失調症症状がなければ、内因性うつ病や双極性障害(躁うつ病)のうつ状態が考えられ、「好きだった趣味などにもやる気が出ない」という興味の喪失、食欲低下、体重減少などを伴っている場合は、この可能性が大きくなります。統合失調症、内因性うつ病、双極性障害(躁うつ病)は内因性精神障害と呼ばれます。
これまで考えてきた病気のどれも当てはまらない時は、性格や環境の影響が大きい神経症(これを心因性精神障害と呼びます)のうつ状態が考えられます。抑うつ神経症が最も考えやすいのですが、不安神経症や心気神経症でもうつ状態になることがあります。
非常にショックな出来事の後に起こっている場合、心因反応という言葉を使うこともあります。このように考えると、うつ状態はすべての精神科の病気で起こりうるものですから、診断のためには、この症状以外にどのような症状があるかを慎重に問診することが重要です。最近、うつ病に関する情報ばかり広まっている印象がありますが、うつ病しか知らない人はどんな症状もうつ病にみえてしまうという危険があります。それぞれの病気の時、なぜ気分が沈んで、何をするのにも元気がない症状が出るのかというメカニズムはよくわかっていません。
別の病気の診断手順に、アメリカ精神医学会が出しているDSMや世界保健機関(WorldHealth Organization ; WHO) による疾病及び関連保健問題の国際統計分類
(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems ;ICD)があります。これらでは「体が原因→統合失調症やうつ病、双極性障害(躁うつ病)が原因→性格や環境が原因」という順番に考える方法をとっていません。したがって、すべての病気についてあてはまるかどうかをチェックしなければ、大事な病気を見落とす可能性があります。
【会社員Nさん(43歳、男性)の場合】
半年ほど前から会社の経営状態が悪くなったため、リストラで人が減り、仕事量が激減しました。2カ月ほど前から、身体がだるく、休んでも疲れがとれません。朝仕事に行くのが苦痛になってきました。
何とかしようと頑張っていたのですが、その後も調子は悪くなるばかりで、頭もぼんやりして仕事にも集中できません。食事ものどを通らず、体重も1カ月で3kg減りました。夜も寝つけず、眠れても浅い眠りです。明け方にはもう目が覚めてしまいますが、体もだるく眠った気がしません。朝にはとくにこれから始まる一日が長く感じて本当に気が滅入ります。
休みの日には横になっています。友人は「気分転換に旅行でもしたら?」と言ってくれましたが、好きだった旅行も、楽しいと思えません。何もできなくて職場にも家族にも迷惑をかけています。自分を責めてしまい、死んだほうがいいのではと思ったりします。
病院に行ったら、「うつ病」だと言われました。とにかく、仕事のことは忘れて、しっかり休むこと、薬をちゃんと飲むようにとのことです。今、休職中ですが、最近はだいぶ眠れるようになっています。先生は復職を焦らないようにと言ってくれています。