ホーム > 職場のメンタルヘルス(教職者のメンタルヘルス)
教職者の仕事は人格の形成期にある人間に対して、教育を通してかかわる専門職です。人格と人格のぶつかり合いが教職者の仕事の中心であり、おのれの人格を問い続けることが教職者としてのアイデンティティとなります。人の人格はその人の生活に現れるから、その人の人格に触れることは、その人の生活全体を考えることにつながります。他人の生活を考えることは、自分の生活を意識することです。自分の生活を意識することは、自分自身の生い立ち、家族、家庭環境、価値観、人生観、死生観、哲学を感じることです。
物事を完全に割り切ることができれば、そこに葛藤は生じないです。葛藤がなければ、精神的ストレスはないです。しかし、教職者の仕事は人と人とのかかわりが中心です。人間関係はふつう白と黒に割り切ることができないから、必ずそこに葛藤が生じ、それが精神的ストレスになります。教職者に“こころのケア”が特に必要な理由はここにあります。
仕事に疲れ果てた教職者が医療現場に治療を求めて訪れた場合、仕事の特殊性から考えられる要因は、かつては組合活動や同和教育問題が多かったです。しかし、岐近はそれらの要因に加えて
① 生徒指導や保護者への対応の困難さ
② 同僚や管理職との人間関係を中心とする職場内での慢性不適応状態
③ 教職者としてのアイデンティティの危機
などが中心となり、それらが複雑に絡み合っている場合が多いです。
具体的には、昇進、転勤、教育現場の体制への不満・不納得、学級崩壊、職員室内での孤立化・被害的体験、児童・生徒やその保護者からのクレームなどがきっかけとなり、仕事が手につかなくなってしまいます。
教職者だけに現れる特異な精神疾患は存在しないです。不眠、食思不振、仕事の能率の低下、焦り、意欲低下、抑うつ気分、対人関係障害、体調不良などの症状から病気は始まります。具体的な病名としてはうつ病、パニック障害、適応障害、心因反応、強迫性障害、心身症、アルコール依存症、自律神経失調症、更年期障害、躁うつ病、統合失調症などがあります。
教職者が仕事や人間関係、自分の健康状態に悩み医療棚男を受診した際における対応上の留意点について、以下に述べます。
まず仕事がうまく進まなくなった背景、状況、きっかけを具体的に整理します。典型的な精神症状、身体症状がそろって確定診断がついた場合でも、職場での人間関係、それまでの業務内容と勤務状況、病前性格、教職者としての適性・資質などに焦点を当てた情報を集めます。そのうえで、主治医からの助言、ガイダンスですむものか、病気として取り上げ医療で対応すべきものか、本人への医療行為だけでは不十分で、学校側ともきちんと連携をとるべき事例なのか、教育現場での問題がこじれて医療にもちこまれた事例なのか、などの判断をします。そして、その内容を本人に説明し、納得できたかどうかの確認をします。具体的、客観的な根拠を丁寧に説明したにもかかわらず本人が納得しない場合は、こちらの見立てが間違っていたのか、本人の思考能力が著しく低下しているのか、本人の教職者としての資質・能力に問題があるのか、人間性、人格に問題があるのかの鑑別をします。
狭義の心因反応や予後良後の精神疾患の場合は、一般患者と同様に対応すればよいです。しかし、病状が慢性化したり、職場復帰までの時間がかなり必要な場合、また、教職者の仕事は年度単位の担任制が主となるため、休養、加療期間が6か月以上となる場合が多いです。診断書は6か月を限度に作成することとし、復職までにそれ以上の期間が必要な場合には、その都度、主治医、本人、学校長が診断書の必要性を話し合い更新します。
本人に病識があり、人間性や人格に問題がなければ、本人への医療行為を中心に治療を進めていけばよく、学校側と特別に連絡をとり合う必要はないです。しかし、病状が好転せず治療が長期化している場合や、本人の教職者としての適性・資質・能力、あるいは人間性や人格に問題があるような場合には、学校側、特に学校長との連携が必要となります。連絡をとり合う際には、あらかじめ、本人の了承を得ておく必要があります。まず、本人の病状、治療目標、治療方針を主治医の立場で学校長に説明し、医療でできる可能性と限界なども伝えます。そのうえで学校長としての本人理解、問題点の把握事項などを具体的に聞き、本人の対人関係に焦点を当てた特徴を整理します。その結果を本人に説明し、復職の可能性や復職できるために必要な具体的目標がきちんと主治医や学校長と話し合えるようになるまで治療を続けます。
メンタルヘルスを揺るがすストレスは、対人関係上のストレスが圧倒的に多いです。対人関係で生じたストレスは人間関係のなかで解消するのがいちばん自然です。そのためには、常日頃の人間関係が大切で、特に、自分の愚痴と自慢話を嫌がらずにきちんと聞いてくれる人が存在するかどうかは、自分のメンタルヘルスを悪くさせないためにきわめて重要です。教職者は、その仕事柄、個人としての遂行能力が非常に重視されるため、1人で頑張り、仕事を能力以上に抱え込んでしまう場合があります。バランスを崩さないためにも職場の同僚と家族を大切にしなければいけない理由はここにあります。
人間関係には相手が必要です。自分がいかに努力しても相手との関係性で結果が違ってきます。自分1人の努力には限界があり、相手との関係性のなかで自分が変わり、自分がわかり、自分が成長します。このような集団力動を利用した精神科リハビリテーションがあります。ややもすると専門性ゆえに孤立化しやすい教職者の対応として、このような集団療法的取り組みはきわめて重要と考えられます。
メンタルヘルスは、その人の考えかたや生きかたによって大きな影稗を受け、その人のコモンセンスによって支えられています。